つかこうへい・資料3

つかこうへい 『娘に語る祖国 満州駅伝―従軍慰安婦編』(1997) より引用
以下、下線強調は引用者による。 ※本資料の解説記事→つかこうへいが描いた従軍慰安婦

(1)

「私がスンジャと会ったのは昭和19年の6月のことでした」
「慰安所でですか」
「はい。スンジャは、昭和3年10月4日、朝鮮・慶洞の生まれで、十五歳の時、友達と遊んでいたら、日本人とその手下らしき朝鮮人が近づいて来て、朝鮮人の方が『君のお父さんから娘を連れてくるように言われた』と話しかけてきたので、父の知り合いかと思ってついていったら、『下宿屋』と書かれたところに連れていかれ、その部屋に鍵をかけて入れられ初めて騙されたと分かったといいます。
 その時、部屋には三人の朝鮮人の女の子がいたそうです。
 それからあちこち連れ回され、満州まで連れてこられたそうです」

そして池田さんは目を伏せながら、

「私は慰安婦を抱くなんてとんでもない、いや、そんなのは人間がやることじゃない、と思っていました。娼婦を金で買うならまだしも、閉じ込められて慰みものになるためだけの女性を存在させていることがとても許せなかったのです。
(中略)
 それで、順番の日には、部屋にだけ入って、何もせずに出てこようと決めていました。
 ちょっとずるいですが、それが一番穏便な方法であり、ささやかな抵抗だったのです。

 部屋にはいると、真ん中においてあるベッドに小柄な女の子が座っていました。(中略)
 その口紅を見た途端、顔にカッと血が上るような気がしました。
 私は、その時、童貞でまだ女というものを知らなかったのです。
 まず、挨拶をしなければ、と思いました。
『おばんです』
 でも、スンジャはその言葉が聞こえたのか聞こえないのか、
『札』  (*この「札」については、下部の【補足】説明参照)
 とだけ言いました。これは、部屋の番号が書いてある札のことで、かたよりのないように慰安婦が振り当てられているのです。
 私が整理券のようなものを差し出すと、スンジャは黙って受け取り、
『早くやって』
 と言い、決して私の顔を見ようとはしません。
 何かとても冷たい感じで、それが私にはたまりませんでした。
 でも、なぜかスンジャは私が反戦活動をしていることを知っていました。
 私が黙って座っていると、話しかけてきたのです。
『なぜ、兵隊になったのですか』
『仕方ないのです。日本では強制的に戦地に行かされます』
『でも、戦争、しなければいいのではありませんか。そうすれば、みんなもっと幸せな人生が送れるはずです』
『日本では、兵隊になることを拒否すれば非国民として処罰されます。そして、家族も、まわりの人々から冷たい眼で見られ、非難されて、とても生きていかれないのです。こんな、慰安所なんて作って、私は日本人として、人間としてとても恥ずかしいです
 スンジャは日本語がどの程度分かるのか、キョトンとした顔をしていました。

(中略/池田がハモニカを吹いてスンジャとすこし打ち解ける)

 歌い終わって訊ねるとスンジャはやっと少し笑い、
『カムサハムニダ。えーっと、《ありがとう》か』
 その笑顔が私の心に突き刺さりました。
(中略)
 その頬に触れてみたい。その肩にも触れてみたい。でもそれはとんでもないことです。私は慌てて言いました。
『あっ、映画はどうです』
『映画?』
『はい、あの自分は映画が大好きでして。あの特にチャップリンが好きなんですよ。自分みたいに鈍くさい男にとっては、あの軽快なテンポが堪らないんです。あの《街の灯》観ました?』
こんな生活してるんだもん、観られるわけがないでしょう
 そう言いながらも、彼女の目は好奇心に満ちています。
 私はその目が怖くて堪りませんでした。
(中略)
『・・・・』
『あの、今度映画観に行きましょう。チャップリン観に行きましょう。《街の灯》観に行きましょう。大丈夫です。捕まることはありません。チャップリンは必ず警察の手を逃れますからね
(後略)」
(65-71頁)

(2)

『満州・第六〇五陸軍部隊で、従軍慰安婦たちと兵隊たちとの駅伝大会があった』
(中略)
手書きらしく、かしこまった字で書かれたその新聞には、次のような文章が几帳面に綴られていました。
「七月二十日、満州開原の六〇五部隊で、男女混合の駅伝大会が開かれた(後略)」
(中略)
 パパは、もう一度池田さんに会いに行きました。
「満州駅伝は本当にあったのですか?」
「はい。年に一度、兵隊と慰安婦が二組に分かれてレースをするという企画がありました」
(中略)
「大会の日は朝から大会の始まりを告げる花火が青空に白い煙をはきながら、大きな音を立てていました。
 私たち軍人と慰安婦たちは、テント前に造られた仮設ステージの上にチームごとに並ばされ、大会の挨拶を聞きます。
 みんないつのどようにして手に入れてきたのか、真新しいランニングシャツと白いパンツに身を包んで、慰安婦、兵隊共々、和気あいあいとした感じです。まるで昨日までの、お互いに人間同士のような付き合いはなく、それでいて一番人間くさいことをしていた奇妙な関係が嘘のように思えます
 提灯や旗がテントからぶら下げられ、垂れ幕には、『第三回満州駅伝』とデカデカと書かれていました。
 即席で作られた仮説の屋台ではたこ焼きや、お好み焼きを売る露店までできあがって、ちょっとしたお祭り騒ぎです。
 全員が揃ったところで鬼塚上等兵が、目を引きつらせながら、スピーカーが割れんばかりの大きな声でがなりたてます。
『いいか、今日は満州駅伝大会だ。
 今日ばかりは慰安婦も軍人もない。
 赤白に分かれ、ただ、勝つか負けるかだ。
 生死をかけた戦いだと思ってくれたまえ。
 慰安婦の諸君、君たちに言っておく。君たちが勝ったからといって、われわれが君たちにひどい仕打ちをするということではない。これはスポーツだ。
 君たちのストレスをここで発散してほしい。
 そして兵隊たちも決して、手を抜かないように。
 また私の真意を受け取ってもらうならば、くれぐれも脱走などしないように。(後略)』
(中略)
『おい蓮見、いつもお世話になっているんだからよ、少し手を抜いてやれや』
『そうだ、そうだ』
 兵隊たちからひやかしの声が飛びます。
 パクさんも調子に乗って
『なんだ、蓮見が相手なら昨日腰がくだけるほど、やっておけばよかったね』
『ハハハ』
 笑い声が飛びかっています。
 上等兵は一つ気合を入れ、それぞれの位置に着くようにと告げました。
『いいか、今日は休みをとって、このような駅伝大会を開く。
 しか、明日からはまた、われわれは鬼の兵隊、おまえらは慰安婦として、ズッコンバッコンやられる。分かったな!!』(139-145頁)

(3)

「鬼塚さん独特の、よく通る、ドスの利いた声が響きました。
『池田、何をしてるんだ』
『・・・・』
『脱走する気か!』
スンジャも私も何も言えず、立ち尽くしていると、
『何のためにオレが駅伝大会を開いてやってると思ってんだ。慰安婦が脱走なんかせんでいいようにやっとるんだ。その気持ちをどうしてわからんのだ』
 周りを兵隊たちに取り囲まれ、私たちは縛られ、木にくくりつけられました。
『知ってるな、池田。脱走は銃殺だと』
『はい』
『いいか、池田、じゃあこういうことにしてくれ。おまえはこの広い満州平原の中で駅伝の最中に便所に行きたくなった。そしてこいつが水を飲みに来た。そして二人で休んでいるところをたまたま、脱走したと思われて誤って銃殺されそうになっているってことにな。それでことを穏便に運んでくれ』
『しかし上等兵殿』
『オレがいつも歌ってるだろう。
〝今日も満州平原に愛の壊れる時がきた。
 見よ、あの真っ赤に沈みゆく美しい夕陽を!!
 あの夕陽に白く縁取りをすれば、日の丸の形になる!!〟
 この詩はいい。
 ここんところを汲み取ったならば何か言えるだろう。
 大体なあ、オレたちが何十回も何百回も抱いた女と何してんだ!』
『はっ』
『わからんのか!第一、兵隊が朝鮮人に、しかも慰安婦なんかと恋に落ちて脱走したなんてことになったら、大日本帝国が根底から揺らぐ!』
 そう言ってガンガン殴られました。
『オレは常々言っているだろう。愛、その次には〝に〟から始まるあの言葉。〝愛憎し〟だよ〝愛憎し〟。
 なあ。その言葉を刻みつけてもう一度何かを言ってみろ』
『上等兵殿』
『池田、いいか。嫌がる女を無理矢理連行し、抵抗したら傷つけ殺し、病気持ちにさせておきながら変な情けをかけた日には、大日本帝国は根底から揺らぐ。この戦争が終わったあと、〝あれは狂っていたんだ、だからあのことは仕方なかった〟そう言い切らねばならんのだ。それにはな、愛だ恋だを芽生えさすだけの理性などあってはいけないんだ。でなければ、大日本帝国が根底から揺らぐ!!
 そこんとこを汲んでもう一度何かを言ってみろ!!』
『上等兵殿。こいつは可哀相な女であります。朝鮮から慰安婦として連れてこられて、日に三十人も客を取らされて、この女は可哀相な女であります。どうか助けてやってください』
『それは分かってる』
『好きになってしまったのであります。誘ったのは自分です。こいつは悪くありません』
 その時、スンジャが前に身を乗り出し、はがい締めにする兵たちを振り切るようにしながら叫んでくれたのです。
『違う。この人悪くない。朝鮮から連れてこられて、何人も男取らされて、私たちが何した。この人だけが、人間らしく扱ってくれた。自分の時は休めって言ってくれた。この人が死ぬなら自分も死ぬ』
『よし、そうか。撃て!!』
 そう言って、右手を高々と振り上げようとした、ちょうどその瞬間でした。サイレンが鳴り響き玉音放送が流れたのです」
「玉音放送?終戦ということですか」
「そうです。なんか大騒ぎになっちゃって、そのなかで私はへたりこむようにして地面にしゃがんでいました。ほっとするというか何というか、とにかくただ座り込んでいました」(148-153頁)

【補足】つかこうへいが描いた従軍慰安婦を理解した上で、(1)の「札」をやり取りする場面に注目してもらいたいのだが、この札は本来は、つまり世界観Bでは、あとで換金される札である。しかし作品中におけるこの札は、世界観Aにおける札、すなわち兵隊に渡された、単なる順番待ちの整理券としての札なのである。だから換金場面が出てこないのである。
つかこうへいは、おそらく取材する中で、「札」というシステム――札をやり取りし、あとで換金するシステム――を知りえたのだろう。だから「札」をこの作品にも一応登場させたのである。しかし作中では換金する場面が出てこない。それはつかが執筆の時点でも慰安婦が本当に・単なる・売春婦であったことに気づいていないからなのである。つか1後半にある2、3番目の項目をみてもわかるように、つかは形式的には売春婦であることを理解していたが、実質的には(それが本当に単なる普通の売春婦であることを)理解していないのである(→つかの歴史観)。だから換金場面は描かれず、あくまで整理券としての札という外形でしか描かれていないのである。

【補足2】本稿では割愛したが、ここで引用している箇所においてスンジャは正真正銘の「性奴隷」(非娼婦)として描かれているにもかかわらず、戦後のシーンでは鬼塚の口を通じて、なぜか一転、慰安婦は女たちにとっていい商売だったとまるで娼婦であったかのような趣旨の台詞をつかこうへいは言わせている。これは矛盾であるが、なぜこうした矛盾が現れるかというと、物語が後半に進むに従って、つかが実際に知っている戦後の世界(世界観B)と接続されていくからである。物語執筆時点でつかこうへいは慰安婦はお金を取っていて恋愛まであったことも事実としては知っている(慰安婦B)。そうした世界観Bが後半になるにつれてにじみ出てくる。だから物語前半では慰安婦A(性奴隷)なのに、後半になるに連れて慰安婦B(単なる娼婦)の要素(矛盾)が濃くなっていくのである。――このように本作品では、つかの歴史認識が混乱しているために、世界観AとBがねじれながら登場する。つかこうへい自身もその矛盾には、完全ではなくともある程度、気づいていて、ゆえに一定の辻褄合わせも試みている(うまくいっていないが)。この辻褄合わせについては、つかこうへい作品で振り返る「従軍慰安婦」問題の原点(補足編)でも考察しています。

〔参考文献〕
『娘に語る祖国 「満州駅伝」―従軍慰安婦編』 つかこうへい 1997年