外国人に参政権(国籍)を与えることを外国人参政権というのです

◆はじめに

ほとんどの人が誤解しているが、外国人参政権とは、その意味をよく考えれば、外国籍者に参政権を与えることではなく、外国人に国籍(参政権)を与えることだということがわかるはずである。

そして日本の現行の帰化制度は、一定の条件を満たした外国人に日本国籍を与えているので、外国人参政権・賛成の状態にある。本稿ではこの「外国人参政権」の問題を考えたい。

ところで外国人参政権については、反対する人は多いのだが、その理由まできちんと説明している人は少ない。そこで本稿ではまず参政権というものの本質から説明して、外国人参政権がなぜ駄目なのか、その理由を確認するところから始めよう。そして現行制度の問題を考えることにしよう。

◆参政権の本質は「国籍」ではなく「仲間意識」にある

参政権の根拠は「国籍」にではなく「仲間意識」にある――まずこのあたりまえの現実を確認するため、組合の選挙を例にして考えてみよう。

漁業組合の選挙が、漁業関係者だけによって行われていれば、たとえ自分が応援した候補が落選しても、「仲間の総意」として結果を受け入れるだろう。しかしもし農業関係者(部外者)に組合員証を付与し、投票に参加させたらどうなるだろうか。おそらく、選挙結果に納得せず、従わない人が続出するはずだ。

しかしなぜ部外者が参加すると、従わない人が続出するのだろうか。それは、人間には「仲間の判断には従えるが、よそ者の判断には従えない」という自然な心理特性があるからである。じつは民主主義とは、この「仲間の判断は受け入れる」という心理的な「納得感」を利用した政治制度なのである。「仲間」以外が決定に参加すると、この納得感が成立しないため、選挙制度が破綻してしまうのである。

以上のように考えてみると、選挙権の本質、すなわち選挙の参加資格は「われわれ」という仲間意識にあるということがわかるだろう。 したがって選挙を真正に成立させるためには、参政権の形式的根拠である組合員証は、漁業関係者(われわれ)にのみ付与すべきであり、部外者に与えてはならないのである。

◆国家の参政権にも同じ心理的条件がある

この話を国家に当てはめれば、日本における参政権の実質的根拠は、日本国籍という形式にではなく「日本人(われわれ)」にあることがわかるだろう。日本国籍(参政権)は日本人以外に付与してはならないのである。

ところが現行の帰化制度では、移民一世(100%外国人)であっても日本国籍を取得することが可能となっている。文化的に異質で、外国に同胞意識をもったままであっても、書類上「日本人」になることができ、参政権を行使できてしまう現行制度は、実質的に「外国人参政権」を認めてしまっているのである。

じつは古代アテネでも、移住者一世には市民権(参政権)は与えられなかった。民主政発祥の地でさえ、「誰が仲間か」の線引きは厳格だったのである。にもかかわらず現代日本の帰化制度は、その古代アテネよりも、むしろ緩い基準になってしまっている。日本も古代アテネに倣って、移民一世(100%外国人)への国籍付与をやめるべきである。

◆まとめ

外国人参政権とは、一般には外国籍者に参政権を与えることだと思われている。しかし、それは外国籍参政権と呼ぶべきものである。日本は「外国籍参政権」は認めていないが、上述したように「外国人参政権」はすでに認めてしまっている。

外国人参政権の問題は、漁業組合の選挙の例で見たように、部外者の参加によって民主主義の「心理的前提」が崩れてしまうことにある。われわれは、現行の帰化制度がはらんでいるこの本質的欠陥を正しく認識して、制度改正を急ぐべきである。

なお本稿で割愛した論点について補足しておくと、日本人の定義については以下、関連拙稿の1番目と2番目を参照してほしい。
また帰化制度を具体的にどのように設計すべきかについては3番目を、さらに多数決の哲学的本質から考えてみたい場合は5番目を参照されたい。(終)