「同性婚」に反対の理由を説明するために、まずは簡単なたとえ話からはじめたい。
裸の王様の国で、「王様は素敵な服を着ていると言わなければならない。王様は裸だと言ったら罰する」という法律ができたとしたとしたら、あなたはどう思うだろうか。人権侵害だと思うのではないだろうか?
なぜなら王様は裸であって素敵な服を着ているなどとは到底思えないのであり、そのような人間の認知に反することを強制(不可能な認知を強制)することはすることは人権侵害だとしか思えないからだ。
もし「同性婚」のカップルが何らかの方法で子供を持ったとしたら、その子供に、男男や女女を「両親と思え」という人間に不可能な認知を事実上強制することになるが、これも子供に対する人権侵害だろう。「人間は一組の男女から生まれる」という認知は変更不可能であり、男男・女女を「両親」と思うことはできないからだ。*1
もし同性婚なるものを異性婚と同じ地位にするとすれば、子供をもつことは「権利」となるであろうし、そうなれば以上のような事態が起こることは避けられない。
私は同性愛者が(それを公表して)子供をもつこと自体に反対である。*2
同性婚なるものを、子供を持つという異性婚の枠組みとは別の制度として創設することに賛成である。
(終)
*1) もしも世界のどこかで性行為によって本気で子供を作ろうとしている同性愛者がいたら、その二人は同性でも両親となりうると心の底から信じていることになる。しかしそのような話は聞いたことがない。おそらく人間は、同性を両親と思うことはできない(同性から子供が生まれるとは思えない)ことが脳の構造で規定されており、それは変更できないのである。古今東西、血の繋がらない親子(養子)という慣習は存在しながら、同性を両親とする慣習は存在しないのは、おそらくそのためだろう。
*2) 自身が同性愛者であることを子供に伝えずに(単独で)体外受精などで子供をもうけることまでは反対しない(離婚した場合と同じ認知だから)。(ただし代理母には明確に反対であるし、精子バンク等の利用にも否定的である)