私は大学に入るまで「南京大虐殺」はあったと信じていた。大学生の時『「南京大虐殺」のまぼろし』(鈴木明1973年刊)を読み、衝撃を受けた。正直に言えばこの一冊で捏造史観の洗脳が解けたわけではなかった。しかしこの後に多くの資料を調べ、「南京大虐殺」はほぼ捏造の産物であると確信した。
百田尚樹 2013.9.18 https://twitter.com/hyakutanaoki/status/380271993683058688
ぼくが南京に行ったのは1994年あたりなのだけど、そのとき南京虐殺の記念館にあった写真やパネルはほかならぬ本多勝一の本からの引用ばかりで、かなり拍子抜けしたんだよね。これ書いたら超怒られたのだけど、でもこれ事実だからさ。*1
東浩紀 2012.4.9 https://twitter.com/hazuma/status/189252750968762369
1970年代くらいになると、本田勝一の『中国の旅』などの影響で、日本人がどれだけ残酷なことをしたかという「加害者史観」が出てきた。(中略)世間はそうした加害者史観をすぐに丸ごと信じてしまった。
(中略)
わしが1990年代に『戦争論』を描いたころは、「自虐史観」「加害者史観」が世の主流だった。加害者史観が徹底的にエスカレートしていって、慰安婦問題なども出てくる。慰安婦を強制連行したという吉田清治の話は、まったくフィクションなのに、歴史の教科書に載りそうだというので、それはおかしいと、わしも「新しい歴史教科書をつくる会」の創設メンバーに参加した。
当時は、すでに自虐史観が浸透し切っていたから、若い人は戦争に行った自分の祖父たちに、「中国で虐殺してきたんだ」「なんて悪い人なんだ」と軽蔑感が芽生え、尊敬しない。祖父たちも、自分がどんな目で見られるかわからないから戦争の話ができない。世代が完全に分断されていた。
小林よしのり 2015.8.15 http://diamond.jp/articles/-/76641
追加随時
*1) このツイートだけでは東氏が南京についてかつてどう思っていたかを確定することはできないが、これとは別のところで、「日教組教師による教育で南京大虐殺を信じていた」という意味の東氏の発言を見た記憶があり、あわせて解釈すれば東氏が一時期南京大虐殺を信じていたことは間違いないと思われる。(間違いであれば訂正します)